ダカラ僕ハ、黙ッテ作ル。

カジュアル、フォーマル、フェミニン、スチームパンク、森ガール、ゴシック、ロリイタ、パンク、モード、フェアリー…

ソレが何であるか、どうあるべきか、何が【あるべきでない】のか。

こういった命題については、どこのジャンルでも度々論争が起こり、時に派閥を生むようですネ。

さて、ジャンルとはデザインに紐付いていて

デザインとは

デコレーション、見た目としての「デザイン」

ファンクション、機能としての「デザイン」

エクスペリエンス、人の体験としての「デザイン」

など、複数の面を持ち合わせていますネ。

私はこの中のどれかが作品の要素にあれば、ソレは「そのジャンルである」と思っています。

てかデスネ、もっと言うと、
受け取ってくれた方が「これ、すごくスポーティ!」と思うのなら、ソレは、そのヒトにとって、スポーティである。

で、いいじゃん。
と思っています。

私という人間に、製作者のプライドはもちろん有ります。

ですが、ヒトに押し付け、自らと一致しないモノを糾弾するプライドは持ち合わせておりません。

それはプライドではない。私にとっては。

思想を主張するとすれば、ただのエゴであり、世の中から独立した事象であると思っています。

(例えば、この文章のように)

デザインの辿った歴史や自分のスタイルを発信することは素晴らしく、他の方の考えはとても勉強になりますネ。

だからこそ、世の表現者はなぜ他人の表現に寛容であれない時が在るのかと憂う時が度々あります。

月のお小遣いは限られているけれど、何らかのジャンルの着こなしがしたい人

気軽に、ちょっと変わったモチーフを取り入れたい人

どちらも自分の感性で、可能な範囲で、服飾美を模索している。

すごく素敵じゃアリマセンカ?

フォーマル、フェミニン、森ガール、ゴシック、ロリイタ、パンク、モード、フェアリー、スチームパンク…

総レースはカジュアルに成り得ないでしょうか。

シフォンはフォーマルに成り得ないでしょうか。

デニムはフェミニンに成り得ないでしょうか。

ビーチサンダルは森ガールに成り得ないでしょうか。

ー それがどんな「デザイン」のビーチサンダルであっても? ー

他者が作品を目にとめ、手で触れた、その時点で「ソレ」は

作り手の思惑を離れ、その人のセンスの中を駆け巡ります。

『白でフリフリならロリイタだと思ってるヒトが嫌』

『黒で蝶々ならゴシックだと思ってるヒトが嫌』

『銅で時計モチーフならスチームパンクだと思ってるヒトが嫌』

なんて言っては、作り手のセンスだけを傲慢な王にしてしまうのではないでしょうか。

王の価値観を鵜呑みに出来ないと、身に着けてはいけない、創ってはいけない?

作品が受け入れてもらえない、周知されない原因てのは
実はそんなところにあるのではないかなァ、と、私のエゴがしくしく痛むので書き綴った次第。

さて、今週は半可変抵抗器を入手。
色々と進んできてマス。