灰色の羊

幼少期の思い出を少し。

若干暗い話ですがご了承を。

 

小学校の一年生のとき、はじめての学芸会で、「羊」に関する歌を合唱することになった私のクラス。
先生が、それじゃあみんな羊の絵を描いて、それをお面にして歌いましょうと言い、お絵かきをすることになりました。

みんなが羊の輪郭と、目と鼻と口を描いて、中は塗らずに「できた!」という中
私だけが、灰色に塗りつぶした羊を描きました。

先生は少し困惑していたけれど、他にも、ピンクの羊を描いた同級生が
いたことから、強く言えなかったのでしょう。
特に何とも思わず迎えた当日。

学芸会の後、保護者たちが教室までやってきた時、「あの子よ」と言う声が聞こえてきたのです。

 

ほら、あの子、さっきの。

ああ、灰色の羊の子。

一人だけ、灰色なんて。

おかしい。変だわ。羊は白でしょ?

ピンクは、まあ、女の子だからね。可愛いけど、灰色はねえ。

 

6歳の私に、なぜ?と切り返す度胸はなく、ただただ悔しく、悲しくなりました。

母親は「それがあんたのセンスなら」と慰めてくれたけれど、自分が間違っているという烙印を押されたようでショックだったのです。

 

なぜ私が、羊を灰色に塗ったのか。

それは、羊のもこもこしたフォルムを表現するために、身体に灰色の影が塗ってある絵を見たからでした。
ただ、当時の私には物体を立体的に捉えるという技術がなく、羊の顔の全面を灰色に塗ってしまっただけ。
それに、現実世界にいる「しろいひつじ」って、オフホワイトじゃないですよね。
それを表現したくて、一番近い灰色をチョイスした。
少なくとも私の目には、羊は白色ではなく、灰色に見えていました。

そういう、きちんとした理由があったにもかかわらず、これまた説明する話術もなかった私は、その場の雰囲気に気圧されました。

 

それからはなんとなく、自分の感覚にフタをするようになりました。
教科書を見て、なんとなく空気を読む。
周りの子が描きそうなものを描く。
何なら色も、目で見えるものとは違うものを選ぶ。

たぶん、ここでの正解はこれだから、という理由で。

 

そんな自分に嫌気が差して、ギターやサックスを始め、音楽の自由に触れて
改めて、自分の世界を表現していこうと思ったのは、オトナになってからです。

私自身には、美術的な才能があったわけではないけれど、ただ「羊は灰色」なのだと思います。

 

今こうして、tie*onとして好きなものを好きなだけ作るようになり、
ようやく「私の手が、脳に素直になっている」と感じます。

生み出した物は、時にはほとんど受け入れられないけれど
確かに私の中では「正解」な、お気に入りの物たちです。

そんな作品達がお迎え頂けたら嬉しいし、お金という意味以上に
これからの糧になります。

 

デザインフェスタではどうぞごゆっくり、お近くでご覧ください。

押し売りや営業トークは一切しないので、ご質問があればお気軽に声をかけてください。

「なにこれ、変」も「こんなの要らない」も、その人の「羊の色」だと思っています。

こういう場所で、色んな人の感性と出会えることもエネルギーです。

 

 

あなたの羊は、何色ですか?